絶望は始まり。「じゃない自分」を乗り越える正しいあきらめ方

銀河を見上げる男性のシルエット

乗り越えられない壁にぶち当たった時、そしてその壁を今の自分では乗り越えられないと悟った時、人は静かに絶望する。

けれど、その絶望は終わりじゃなくて“はじまり”だとすれば、少しだけ生きる希望が湧いてくる気がしないだろうか。

絶望を希望に変えるために、自己啓発本を読む必要はないし、世界を旅して自分探しをする必要もない。

ただ「あきらめること」をすればいい。

あきらめる、と言う言葉には、

・諦める
・明らめる

という二つの意味がある。しかし後者はあまり知られていない。

この項では、僕らが本当に知るべき「あきらめ」について考察してみようと思う。

目次

「じゃない自分」のまま生き続けたら、絶望がコンニチワしてきた話

そもそも絶望ってどういうことを指すのか?自分の言葉で定義してみると、

「こんなはずじゃなかった」

っていう違和感がMAXになってる状況だと思うんです。

で、その「こんなはず」の中には、小さい頃から自分が心に大切にしまっていた「こうしたい」「これはヤダ」「あんなふうになりたい」みたいな願望や理想がたっくさん詰まってるんですよね。

それが叶わない。つらい。なんでうまくいかないの?

これが絶望の正体です。

そこから抜け出すためにはどうしたらいいのか?

まず「こんなはず」がそもそもどういう状況なのかを知らないと始まらないですよね。

で、それがわかったら次に、「どうやったらそれを叶えられるのかを考える」この流れが大事なんじゃないかと思うんです。

このとき、他人のSNSのイカした発言やすごい人や哲学者の言葉を借りるのはオススメできません。出来てない自分とのギャップに凹みます。SNSは楽しいけど毒にもなります。

あなたのことを一番理解しているのはあなた自身です。だからとことん自分の声に向き合うために、自分への問いかけをする必要があります。その問いかけの先に絶望を抜け出すヒントがあります。

だからゲームとか筋トレとか料理に現実乙日せずにちゃんと絶望しましょう。自分は大丈夫、なんとかうまくやってるさ!と取り繕わないでください。カッコつけなくていいんです。

好きな人にフラレた時みたいに、「この世の終わりだ…!」と大げさに盛大に落ち込んでOKです。危機感があるからこそ真剣に問題について考えるし、行動力を生むからです。

「こんなはずの自分」を締め出して「じゃない自分」で生きるから絶望する

ちょっと自分語りになりますご容赦ください。

僕は小さい頃から勉強が嫌いで、毎日友達とゲームばっかりやってました。夏休みの宿題も嫌い。大して好きじゃない野球やバドミントンみたいな部活だってやりたくない。

本当はサバゲーやったりカードゲームやったり、こっそり自作の小説を書いて限られた仲間内だけで楽しみたい。早起きしたくないし、思う存分徹夜して遊びたい。好きな人と、好きな時に、好きなことだけして生きていきたい。

甘っちょろい、ガキかよ…と思うでしょうか。ただ、実現可能かどうかはおいといて、これが僕にとって正真正銘の「こんなはずの未来」でした。将来は定時退社で一軒家を買ってそれなりに仕事して、自分の人生を謳歌するつもりでした。

そんな姿勢で中学→高校→大学→…となんとなーく生きてしまったおかげで、案の定社会人になってめっちゃくちゃ苦労しました。僕は全然仕事ができないし要領も悪く、闘争心もありません。社会人二年目のとき、仕事で怒られて職場から逃げ出したこともあるし、再就職に失敗して2年間、アンダーグラウンドな世界で日雇いのアルバイトをしたこともあります。

僕は自分が人生において何をしたいのか、どうなりたいのか、見失っていました。

周りに合わせて何となく生きることはできます。ただし、その人生は「こんなはずじゃなかった人生のベルトコンベアー」なので、自分が行きたいところ、理想とする場所にはたどり着けません。

で、30年かけて出来上がった僕の人生を生きていたのは、「こんなはずじゃない自分」です。お客さんを騙すような契約を取り、取引先に無理難題を押し付けるような振る舞いに自己嫌悪しながら、「仕方がない」を言い訳に自らの意思でその仕事を10年続けました。

僕がちっぽけな絶望を認識し始めたきっかけ

そんな仕事を続けて僕は管理職になりました。責任も増えた30代半ばになった「じゃない自分」は、感情を失い無気力になりました。

だって反応するとつらいから。仕事では感情を麻痺させてオンラインゲームの空想世界に逃げ込みました。無気力な人生を認めたくなくて、自分はうまくやってる、これが自分の“らしい人生”なんだと言い聞かせて楽しんでるふりをしていました。

そんな僕に訪れた人生転機が、「事故で脳に障害を負った父親」と「妻の妊娠」でした。

僕の父は、我慢の人でした。会社や上司の人間関係に苦しみつつも、家族を養うために必死で働いてくれました。

しかし還暦を迎え会社を定年退職したその年、父は雪道で足を滑らせ、頭を打ったまま4時間雪の中に埋もれ生死の境をさまよいました。

近所の人が発見してくれて奇跡的に一命をとりとめましたが、定年退職後にスタートするはずだった第二の人生は、高次脳機能障害と認知症と全身麻痺を抱えました。あんなに元気だった父が、手刀で石を叩き割るほど強かった父が、家族のために自分を犠牲にして働き続けた愛すべき父が、今では一人でトイレもいけません。

(せっかく頑張って我慢して働いたのに、オヤジの人生ってなんだったんだよ…)

「いま」の人生を楽しめなければ、「あの時やっておけば…」と後悔することになるんだぞ。車椅子に座って静かにテレビを見ている父の背中が、そう語っているように感じたんです。

6年間不妊症に悩んでいた妻の妊娠も、人生を考える切っ掛けの1つです。

これから生まれてくる子どもの将来を考えると、ネトゲにどっぷりハマって生きる希望を見いだせなくなっている自分の背中を見せるのが急に恥ずかしくなってきました。

まけに共働きできなくなれば我が家の家計は逼迫します。毎日サビ残サビ残で深夜帰りだった僕には、新たに迎える家族と過ごす時間は確保できそうにありません。お金が原因で妻に我慢させてしまうこともだんだん増えていました。

僕は自分の無力を呪い、実力と学歴と根性の無さを嘆きました。将来はちっとも楽しそうに感じられませんでした。家族よりゲームを優先させる日々。無表情でゲームのモニターを見つめている時、現実の僕は死んでいました。

これが僕のちっぽけな人生に起きた小さな絶望体験です。

思った以上にショボくて残念な人生ですが、僕は「その人生をあきらめた」ことで、未来が変わっていったんです。

「じゃない自分」を切り捨てることで、見えてくるものがある

「じゃない自分」が「こんなはずの自分」になるためには、「じゃない自分」で生きることを“あきらめる”ことがスタートラインです。

嫌いなことでもやらなきゃいけないのか?つらいことから逃げちゃだめなのか?人の役に立たなければ価値がないのか?なにか大変なことに挑戦しなければならないのか?常にかっこいいタフな自分でなきゃいけないのか?

全部幻想です。これらはすべて借り物の、使い古された解釈にすぎないと知ってください。

僕ら子どもの頃から現在に至るまで、ずーーーっとそういう「雰囲気」に洗脳され続けてきました。これは全部「自分じゃない誰か」の価値観や常識の刷り込みであって、自分の内側から出てきた感情や思考じゃないはずです。

嫌いなものは嫌いだし、逃げたいし、自分だって本当は可愛い。遊ぶように働きたいし、楽したい。もっと人生を楽しみたい。それでいいじゃないですか。いいんですよ、それで。

自分の内側から湧いてきた素直な欲求や願望を認めてあげることが、「じゃない自分」から抜け出して「こんなはずの自分」を取り戻すための第一歩なんです。

世界は自分の思い通りにはならないし、社長や会社の規則を変えるほどの実力なんて誰もが持っているわけではありません。自分はキムタクでも半沢直樹にもなれません。「じゃない自分」で頑張ってたどり着く未来には、「じゃない自分」が待っているだけです。

やりたいことも好きなことを仕事にする勇気もなかった僕は、会社員時代に副業でブログを始めました。それは「こんなはずの自分」になるために自分で見つけた新しい手段でした。

僕は早く「じゃない自分」から抜け出したくて、会社もさっさと辞めてしまいたくて、56万円のお金を払って人から習うことにしました。今までの自分だったら「騙されるよ?アホなの?」と言ったに違いありません。

でも、それが自分の心の底から絞り出した決断で、人にやれ!とか買え!って勧められたわけでもありません。

自分でその人を見つけて、勝手にメールを送りまくって、「いま募集は停止してるんです」って言ってるところを無理やりこじ開けて教えてもらったのは、すべて自分の意思だし責任です。とても清々しく、心の奥底からパワーが湧き上がってきたことを今でも覚えてます。

当時書きなぐったメールは今でも読み返すと熱い思いがこみ上げてきます。

僕がやりたいと思ったから、やった。

僕が憧れた未来は「じゃない自分」が歩んでいた会社の社長でも上司でもなく、「こんなはずの自分」が歩みたかった人生を歩んでいる年下の起業家でした。

あの瞬間から、僕の頭にも心にも絶望の影は消えました。

まとめ|仕事と人生の絶望は、「こんなはずの自分」を生きることで解消できる

自分が向かいたい方向、やるべきこと、生きる目的について考える時間を持ちましょう。

あなたの直面している「こんなはずじゃなかった…」みたいな絶望をもたらしているのは、おそらく「自分じゃない誰かの人生を生きているから」なのかもしれません。

自分を乗り換える失敗を恐れる必要はありません。僕の15年の会社員人生はある意味失敗でした。しかし行動を起こし自分を乗り換えたおかげで「糧」になりました。過去は未来への行動で変えることが出来るのだと知りました。

僕は36歳で脱サラし、現在はブログ一本で家族と自分を養っています。会社の傘はもうありません。

40手前で、0歳の娘がいる、家族がいる状況で「ブログで独立する」なんて馬鹿げているかもしれませんね。毎月決まった日にちに給料が振り込まれることもないし、病気をしても休業手当も有給もありません。ただただ必死だし、相変わらず不安もあります。

でも、僕は今すごく幸せに働いています。

もうどこにも「じゃない自分」はいないし、ようやく自分の人生と向き合うことができたように感じています。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次
閉じる